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又吉直樹 『劇場』 (読書感想)

劇場

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久しぶりに読書の感想です。又吉直樹『劇場』を読み終えました。感想にとても困っています。というのも、私は又吉直樹(以下:著者)に対して尊敬に近い感情を抱いています。しかしながら、今回の『劇場』に対してはポジティブな感想が書けないということが困っている理由です。

 

目次
・又吉直樹に対する尊敬に近い感情を抱く理由
・火花
・劇場の感想の前に
・劇場(主人公≒又吉直樹 メディアへの露出のデメリット/下ネタ苦手芸人 恋愛の描写/*全体を通して)

 

又吉直樹に対する尊敬に近い感情を抱く理由

まず、なぜ著者に対して尊敬に近い感情を抱いている理由は以下のようなものがあげられます。

 

・文学に対する造詣の深さ (太宰治に対しては特に)
太宰治に対する探究心(↑とかぶりますが)
・芸人としての魅力

 

私も太宰治は大好きです。「人間失格」をはじめて読んだときには太宰ファンの皆さんが感じるように、私もこの小説は自分のことじゃないか、などという感情とともに衝撃を抱きました。「人間失格」はその後も何度か読み返しましたし、太宰作品はすべて読んだように思います。

そして、太宰治に対する熱のようなものは誰にも負けないというような気持ちを抱いていましたが、著者の太宰治に対する造詣の深さなどを知るたびにかなわないと降参をした次第です。

また、関西生まれ関西育ちの自分ですから、著者が関西出身の芸人ということからも勝手に親近感を抱いていますし、TVで出ていると拝見しています。

 

・火花

『劇場』について書く前に前作『火花』について少しだけ書きたいと思います。『火花』を読んだのは発売されてからすぐだったと記憶しています。冒頭のお祭りの描写から度肝を抜かれたというか、語彙の豊富さや表現に感嘆しました。この人、芸人やんなぁ?って何度も思いました。

最後まで物語に引き込まれて、楽しみながら読めました。とても面白い作品で、まだ読んでいない方にはぜひ読んでほしいと思います。

勝手な想像ですが、芸人の話ということもあり、登場人物の神谷に千鳥の大悟、主人公に又吉直樹を当てはめて読んでいました。

 

火花 (文春文庫)

火花 (文春文庫)

 

 

・劇場の感想の前に

この感想は現在の私の主観によるものです。現在の自分に合わない作品でも、時間をおいて読み直すとすんなり入ってくること、以前気が付かなかったことに気付くことができ、面白く感じることもあります。少しネガティブな表現にはなっているのですが、『劇場』をまだ読まれていない方は、是非ご自身で一読したうえで判断をしてほしいと思います。

もし、『劇場』を読み終わって共感、感動されたときはうれしく思いますし、感想を知りたいと思います。

 

どこかで50代か60代の方がとても良いレビューを書いていたのを見ました。私自身がまだ未熟でこの作品を理解できていない、もしくは、この作品を受け止めるだけの懐の広さを持ち合わせていないのかもしれません。

 

・劇場

読み始めてから読み終わるまで、鈍い痛みを感じながらなんとか読み終えることができました。話に引き込まれること、共感することは皆無でした。最後にかすかな救い、ほんの小さな明かりはあったのですが、私は全編通してしんどかったです。

 

*主人公≒又吉直樹 メディアへの露出のデメリット

著者が芸人であり、メディアへの露出も多いことから、今回も主人公の永田と著者を重ねて読んでしまう自分がいました。前作の火花ではそれがぴったりと合っていたのですが、今作の永田についてはどうしようもない人間であり、永田=著者という読み方をすると余計にしんどくなってしまい、違和感もありました。

著者が芸人で露出が多いことがこのような作用をもたらすというのは、想像していませんでした。他の作家は、露出が少ない方が圧倒的に多いです。そのため、本の登場人物は登場人物として読める。著者と重ねて読むことは少ないように思います。

たとえば、村上春樹が毎週のようにTVに出演していて、その人の外見・しゃべり方などパーソナルな部分をより多く知っていたとしたら、もしかしたら村上春樹作品の主人公に村上春樹を重ねてしまうかもしれません。ただそれは、作品には良い影響を与えないと思うのです。

永田=著者という読み方は、自分でコントロールすることができない作用でした。そのため、それを辞めることもできずでした。

 

*下ネタ苦手芸人 恋愛の描写

今回の作品が恋愛小説となっているのですが、恋愛の描写が少ないように感じました(どうでもいいことではありますが)。あまりにもヒロインの沙希と永田が普通に付き合うことになっていたり、永田を信頼、尊敬しきっているところも違和感を感じました。沙希の天真爛漫、無垢さがあまりにも現実的でないような気がしてしまって。

 

※この感想を書いていて、沙希の無垢さに『人間失格』の主人公が結婚したタバコ屋の娘を思い出してしまいました。

 

そういった描写を望んでいるというわけではないのですが、キスなどの描写もなく手をつなぐという描写くらい。手をつなぐ場面の部分はとても印象的でした。ただ、そこだけを切り取って読みたい気持ちです。前後の物語の一部として読むよりは、そこだけを読むほうが私は良かったです。

(物語の一部として読むより、物語を読む前に本の帯でその部分を読んだ方が印象的でした)

 

以前、著者がアメトーークの「下ネタ苦手芸人」に出ていたのを思い出し、そういったことも恋愛の描写に関係しているのかもしれないなんて思ったりしました。
永田はどうしようもなく不器用なため、恋愛小説的な部分は排除したのかもしれません。

 

また、下のリンク先:新潮社サイトの又吉直樹のインタビューの恋愛が分からないからこそ書きたかったという部分もこの作品の恋愛描写についての一つの答えなのかもしれません。

又吉直樹『劇場』(新潮社サイト)

 

*全体を通して

永田のあまりにも不器用な考え、人間性。自意識。そこに共感できなかったことが、私がこの作品を楽しめなかった一番大きな要因だと思います。ただ、著者はこういった売れない演劇人の内面を描きたかったのかも知れない。きっと売れない芸人、演劇人、ミュージシャンは永田までいかないものの、不器用であり、こだわり、頑固さは共通していると思います。そして、葛藤も。

著者自身も大阪から東京に上京後、売れない芸人として生活をしていた時には、永田のような考えも頭をよぎっていたのだろうか。

 

そういえば、アメトーークの『考えすぎ芸人』にも著者が出演していたことも思い出しました。永田もかなり考えすぎて、考えすぎていて、その考えには私は耐えれないところがありました。(私も考えすぎるたちです)

 

ただ、この作品でも前作『火花』同様に著者の文学に対する並々ならず愛情を感じることができたように思います。そして才能も。なので次回作も期待をしています。

 

【追記】

最近、ただただ楽しいエンターテイメントを求めている自分がいるのかもしれません。何も考えずにボ~っと読めたり、観れたりするような。俗にまみれたぜ。。なんて。